分娩監視 −裁判例が認定した医学的知見  2002.10.9版
 
◆大阪地裁堺支部平成12年1月28日判決(平成5年(ワ)第1588号)
 判時1731-26、判タ1032-219(なお、平成11年11月5日判決と記載されているが、判タ1091-3において上記日付に訂正されている。)
 
 事実及び理由
 (中略)
 
第三 当裁判所の判断
 一 前記争いのない事実等及び証拠(甲一ないし一六、一八ないし三八、乙一ないし七、証人高橋美智子、証人神崎徹、原告甲野太郎、原告甲野春子、被告乙川次郎、鑑定)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
 (中略)
 
 2 知見
 (一) 分娩経過中に胎児仮死に陥った場合には、〈1〉 まず、母体の体位変換、酸素吸入、陣痛抑制などの経母体治療を行い、〈2〉 もし、胎児仮死所見の消滅をみれば、経過観察をし、〈3〉 胎児仮死の所見が不変又は悪化のときは急速遂娩を行い、〈4〉 胎児仮死が重症又は急激発症のときは直ちに急速遂娩(経母体治療併用)を施行すべきである。
 (二) 経母体治療とは、急速遂娩までの補助的療法であり、〈1〉 母体の体位変換、〈2〉 酸素吸入、〈3〉 陣痛抑制、〈4〉 糖液静注、〈5〉 母体アシドーシス補正などである。
 (三) 〈1〉 高度変動一過性徐脈から持続的な徐脈への移行の傾向、〈2〉 遅発一過性徐脈に細変動消失が加わったとき、〈3〉 正常状態から急激な徐脈への移行、などのような重症で急激な胎児仮死所見では、経母体治療を行いながら、直ちに急速遂娩を行うべきである。
 また、胎児仮死の所見が比較的緩慢で軽症の場合でも、経母体治療が無効で悪化に向かうときには、急速遂娩を行うべきである。
 重症の胎児仮死では一〇分以内、それ以外は三〇分以内の娩出であれば、児死亡を起こしにくいので、判断を迅速に行うことが最も大切である(なお、軽度変動一過性徐脈は急速遂娩を要しない。)。
 (四) 分娩が進行して強い子宮収縮が起こるようになると、母体側の子宮胎盤循環血流量が減少し、絨毛間腔を流れる血流が減少する。このため、胎盤におけるガス交換不全を起こし、胎児への酸素供給の低下、炭酸ガスの蓄積を起こす。また、臍帯が子宮壁と胎児の間に挟まれ、子宮収縮の度に種々の程度に圧迫されて、胎児側の臍帯・胎盤間血流が低下することもある。これも、循環不全や胎児低酸素症の原因となる。
 これらの変化がある程度を超えてくると、臨床所見を示すようになる。それが子宮収縮に伴って起こる徐脈である。
 子宮収縮と関連して起こる徐脈には、児頭が小骨盤腔に陥入するなどして圧迫される場合もあるが、これは、胎児の予後と直接関係はない。
 (五) 分娩時胎児仮死の診断は、以下のとおりである。
 (1) 高度持続性徐脈
 特に一〇〇bpm以下の持続的な高度徐脈は危険である(なお、一二〇bpm以下は軽度徐脈である。)。
 (2) 遅発一過性徐脈
 遅発一過性徐脈がおよそ一五分以上続いて出現すれば、胎児仮死といえる。胎児心拍数基線細変動の消失を伴う遅発一過性徐脈は重症の胎児仮死である。100bpm以下の持続的な徐脈に移行すれば甚だ危険である。
 (3) 高度変動一過性徐脈
 徐脈持続時間六〇秒以上、最減少心拍数(最も減少したときの心拍数)六〇bpm以下、波形はU字型で、一過性徐脈中でも細変動を伴う。この徐脈が頻発するときは胎児仮死(臍帯血管の閉塞の疑い。)といえる。回復時間が延長し、陣痛終了後、心拍数基線に戻るまで三〇秒以上を要する場合や、最減少点から心拍数基線に戻るまで四〇秒以上を要するものは重症である。持続的徐脈、特に一〇〇bpm以下への移行は危険である。なお、変動一過性徐脈の回復が遅れ胎児心拍数の低下が長引くものを遷延性徐脈という。
 (4) 胎児心拍数基線細変動の消失
 細変動の幅が五bpm以下に減少又はその消失は胎児仮死であるが、〈1〉 胎児の睡眠様安静、〈2〉 トランキライザー・鎮静剤投与の有無、〈3〉 麻酔、〈4〉 無脳児、〈5〉 未熟胎児の場合は除外される。
 遅発一過性徐脈と合併する場合は重症な胎児仮死である。
 (六) 胎児仮死の警戒徴候
 (1) 二〇〜三〇分以上持続する頻脈は胎児仮死の初期又は警戒徴候であり、特に一八〇bpm以上の高度頻脈は警戒が必要である。ただし、母体発熱や硫酸アトロピン投与時にも頻脈となるので鑑別が必要である。
 (2) 軽度変動一過性徐脈(一過性徐脈の持続時間六〇秒未満、最減少心拍数六〇bpm以上。)は、胎児仮死ではないが、高度変動一過性徐脈への移行を警戒しての監視が必要である。
 (3) 早発一過性徐脈は、胎児仮死ではないが、監視を続行すべきである。通常、数十分で消失することが多い。
 (中略)
 
 二 争点に対する判断
 (中略)
 2(一) 分娩経過中に胎児仮死に陥った場合には、〈1〉 まず、母体の体位変換、酸素吸入、陣痛抑制などの経母体治療を行い、〈2〉 もし、胎児仮死所見の消滅をみれば、経過観察をし、〈3〉 胎児仮死の所見が不変又は悪化のときは急速遂娩を行い、〈4〉 胎児仮死が重症又は急激発症のときは直ちに急速遂娩(経母体治療併用)をすべきである。
 (中略)
 
(裁判長裁判官 渡邊雅文 裁判官 阿部静枝 裁判官 川上宏)
 
 
 
◆大阪地裁平成9年10月3日判決(平成5年(ワ)第231号)
 判時1656-108
 
       理   由
一 請求原因1ないし5(当事者、本件診療契約の締結と原告花子の被告病院への通院、原告花子の入院から亡春子分娩までの経過及び亡春子の出生後の経過、志村医師の過失、被告の責任)について
 (中略)
 
 3 亡春子の出生時における重度後遺障害の原因
 (一) 前記2で認定の事実及び《証拠略》を総合すると、次の事実が認められる。
 (中略)
 
 (2) 分娩監視装置の重要な役割の一つは胎児心拍数の連続監視であり、超音波ドップラー法を用いて胎児心臓の動きを超音波の周波数化として捉え、一分間の胎児心拍数を容易に判定し、それを記録することを可能にするところ、分娩時は、特に子宮収縮(陣痛)と関連した心拍数の変化が胎児の予後を示すものとして極めて重要な意義を有する。すなわち、出産時の子宮は強い収縮を反復し、子宮収縮の極期には子宮血管を経て胎盤に流入する産婦の血液量が減少し、胎盤での酸素交換が一時的に障害され、胎児の酸素不足がおこるが、正常範囲内にとどまれば中枢神経系などの組織に非可逆的な変化を起こすことは稀であるけれども、胎児の低酸素状態が重症になると、子宮収縮の極期よりも遅れて、子宮が弛緩したころに胎児の心拍数が徐脈を呈する遅発一過性徐脈が出現するようになる。このタイプの徐脈は、<1>胎盤機能不全や遷延分娩の結果、胎児の予備能が減少した場合、<2>子宮収縮剤過剰投与による強い収縮(過強陣痛)に基づく子宮・胎盤血流低下などの場合に起こりやすく、胎児低酸素症すなわち胎児仮死の一徴候として重要症状視される。
 そして、遅発一過性徐脈が一五分以上続いた場合には、胎児は重症の仮死に陥っていると判断される。なお、子宮収縮によって臍帯が一時的に圧迫されて臍胎帯血流が障害されても徐脈が起こるが、これは変動一過性徐脈と呼ばれ、危険な場合と一時的な減少でそれほど危険ではない場合とがある。
 さらに、胎児の基準心拍数曲線の基線は一定の細変動を示し、ギザギザの曲線が得られる(これを基線細変動という。)が、これは、胎児の中枢神経に頻脈と徐脈を起こす二つの中枢があり、それが互いに拮抗することによって心拍数の細かい変動を起こすと考えられているところ、かかる働きをする胎児の中枢が、低酸素状態(胎児仮死)によって障害を受けると、この細変動が減少又は消失して滑らかな曲線となる。すなわち、細変動の減少・消失も胎児仮死の重要な徴候であり、遅発一過性徐脈との合併は重症である。
 (3) 子宮収縮剤を分娩監視装置で測定するには、内測法と外測法とがあり、前者は正確な内圧の絶対値を測定できるという利点があるが、手技が面倒で感染の可能性もあるので、一般の病院では行われていない。後者は、腹壁の上にトランスデューサを置き、子宮が収縮すると子宮壁が硬くなり、同時に子も少し位置を変えるので、その変化をトランスデューサから出ている突起に対する圧力の変化として検出するもので、内圧測定法のような子宮の収縮力の絶対値は分からず、相対的な強さを知るのみである。
 (4) 本件の分娩監視装置記録を検討すると、二五の1の記録紙の一一月二五日の午前九時二〇分から記録されている陣痛曲線について見ると、一〇分間に五回の心痛発作があり、記録上の二回目に続く四つの子宮収縮曲線は持続が一分、間欠が一〜一分三〇秒と持続が長く、間欠は短く(陣痛の持続時間は五分の一法で計測)、しかも、三、四、五番目の曲線の間では弛緩時の基線がやや上昇していることを示している。すなわち、二五の1の記録紙において二番目から五番目までの陣痛曲線の間(午前九時二一分〜二六分)に陣痛が頻発して過強陣痛をきたし、トーヌスも上昇していることを裏付ける事実として、約五分間にわたって胎児心拍数が毎分一二〇から九〇(最低八〇)に低下する徐脈の発作を起こしており、この徐脈の性質は、そのパターンから過強陣痛による持続性徐脈(これも胎児仮死の徴候の一つである。)に相当する。そして、胎児心拍数の持続性徐脈は午前九時二八分ころには回復したが、その後は全記録を通じて二六の1の記録紙の最後まで、約一時間一五分にわたって極めて典型的な遅発一過性徐脈を規則的に反復している。この遅発一過性徐脈の様相は、二五の1の記録紙の後半、すなわち午前九時四〇分から一〇時一〇分ころまでは心拍数が一七〇から九〇の範囲を上下しており、二五の2の記録紙では一七〇から一一〇当たりを上下しており、徐脈の最低(底)点は陣痛の最高(山)よりも八〇秒から一分遅れて出現している。さらに、基準心拍数の細変動が、二五の1の記録紙の最初から減少して、ギザギザの少ない滑らかな曲線を呈している。
 (5) ところで、一般に遅発一過性徐脈の判定基準は、<1>一過性徐脈の最低点は陣痛の最高点よりも四五〜六〇秒程度遅れる、<2>一過性徐脈の基線への復帰は子宮収縮の終了よりも遅れる、<3>遅発一過性徐脈のパターンは互いに類似していることが多いが、異なることもある、<4>遅発一過性徐脈の深さは五〜一〇拍以上あれば、その深さは問わない、<5>胎児心拍数基線の位置は問わない、<6>胎児心拍数曲線は急峻か緩徐かは問わない、とされているところ、本件の胎児心拍数曲線は、右判定基準からみて明らかな遅発一過性徐脈の反復であり、午前九時二三分ころに起きた徐脈とそれに続いて遅発一過性徐脈が反復されている時点、すなわち午前九時三〇分から四〇分の間には既に重症胎児仮死と診断すべきであり、さらに、羊水混濁と基線細変動の減少を伴っていることに徴すると、二五の1の記録紙の終わりの時点で、亡春子は既に重症の胎児仮死の所見が現れていると判定される。なお、右判定基準によれば、胎児心拍数の基線及び一過性徐脈の最低点が一二〇〜一六〇の正常範囲内にあっても、遅発一過性徐脈であり胎児仮死と判断される。
 (6) 亡春子は、出生時、胎児が子宮内で低酸素状態に陥った際に起こる一連の反射機序によるものであるところの胎便吸引症候群を合併していたものであり、かかる事実からしても、胎児の低酸素症の存在は明らかである。
 (7) 既に認定したように原告花子には、予定日超過や妊娠中毒症などによる胎盤機能不全の状態にはなく、一一月二三日一三時三〇分に施行したノンストレステストの記録によっても、陣痛開始まで胎児仮死の徴候はまったくなかった。
 (二) 右(一)で認定した各事実を総合すると、本件の分娩監視装置記録の遅発一過性徐脈は明らかに胎児仮死を示しており、かかる胎児仮死は、プロスタグランディンEの内服に引き続いて行われたオキシトシン点滴という子宮収縮剤による過強陣痛に起因するものと認めるのが相当である。
 (三) 被告は我妻鑑定を信用し難いと主張するが、(1)先ず、被告が証拠と提出する米国の調査及び研究に関する様々な文献のみから、最近では、本件で問題とされた遅発一過性徐脈と細変動の消失(減少)と胎児仮死や脳障害との関係が原則的に否定されているとまで断言することは無理があり、右文献によっても、脳障害が分娩経過で発生する余地が全く否定されているわけではないことが認められるし、FIOGニュース翻訳版(分娩管理・現行の分娩監視に関する勧告と新開発分野の展望)を掲載した乙六六によっても、「濃い胎便が認められた場合には、徐脈や低酸素血症、アシドーシスが起こっている可能性が高いので、分娩中厳重監視の適用となる。重症胎児仮死があれば、子宮内あるいは出生後の第一呼吸で胎便を吸い込み、胎便吸引症候群を発症する危険が高まる。」旨を指摘しており、まさに本件における我妻鑑定の正さを裏付けているものというべきである。(2)また、過強陣痛の判断基準については、我妻鑑定が述べるように、外計測による陣痛曲線は、相対的なものにとどまるから、過強陣痛が存在したことを陣痛曲線の高さのみから判定することには無理があり、胎児心拍数との相関関係で捉えるしかないというべきであるし、本件の分娩監視装置記録における遅発一過性徐脈の判定については、証拠(甲四、乙五〇)によってもその判定基準を満たすものと認められるから、我妻鑑定が引用した遅発一過性徐脈の判断基準を非難するのは理由がない。
 また、乙四、五八及び六二の存在もなんら我妻鑑定の信用性を左右するに足りない。
 以上のとおり、被告の主張は採用することができず、他に前記(二)の認定説示を左右するに足りる証拠はない。
 (中略)
 
 (裁判長裁判官 三浦 潤)
 裁判官 小林昭彦、裁判官 山門優はいずれも転補につき、署名捺印することができない。
 (裁判長裁判官 三浦 潤)