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                 2003(平成15)年2月24日

 
厚生労働省 医政局総務課 医療安全推進室 御中
同 医療に係る事故事例情報の取扱いに関する検討部会 御中
 
 医療事故報告制度に関する意見書
 
 「医療に係る事故事例情報の取扱いに関する検討部会」において現在検討されている医療事故報告制度に関し、以下のとおり意見を述べます。
 なお、当法人は、法律家、医療従事者、ジャーナリスト、その他の市民(医療事故被害者を含みます。)から成る市民団体であり、真の「患者のための医療」をめざして活動しています。詳しくは、下記のホームページをご覧いただければ幸いです。
 
     特定非営利活動法人 患者のための医療ネット(PMネット)
     http://www.pm-net.jp/
     代表理事 藤 田 康 幸
    (連絡先)
     〒102-0083 東京都千代田区麹町6-4 麹町ハイツ209号
     TEL/FAX 03-3221-0355
     pm-jimu@egroups.co.jp
 
意見の要旨
 
 一定の医療事故につき義務的報告制度を早急に設けるべきであり、もしも設けられないとすれば、国民の生命・身体に対する重大な侵害を放置することになり、医療行政は国民の信頼を得られないと考えます。また、医療行政がその役割を果たさないことになれば、刑事司法に委ねざるをえなくなる面などが大きくなると考えます。
 なお、義務的報告制度の内容に関しては種々の工夫や方策が可能であり、理想的な制度でなくても、一歩前進させるために、一定の限界があっても義務的報告制度を早急に設けるべきです。
 
意見
 
1 医療事故が多発しており、また、多発している医療事故のうち国民に露見する医療事故が増えており、国民の医療不信はかつてないほど高まっております。
 しかしながら、いま日本で例えば1年間に何件の医療事故が発生しているか、それにより何人が死亡しているかなどを把握することはできない状態です。そのため、事故の原因が分析され教訓が引き出されて、医療事故が減少するという契機が極めて乏しい現状にあります。
 アメリカのニューヨーク州での調査の結果(リンダ・T.コ−ンほか『人は誰でも間違える より安全な医療システムを目指して』参照)を日本にあてはめれば、年間3万8000人が防止可能な医療事故により死亡している可能性があります。また、5か国の調査結果を踏まえた長谷川敏彦氏(国立保健医療科学院・政策科学部長)の推計によれば、年間2万6000人が防止可能な医療事故により死亡している可能性があります(2002年4月17日付読売新聞参照)。
 これらの数字は、日本の方が医療事故の発生率が低いと仮定し、半分と見積もったとしても、交通事故による死亡者数(平成14年:約8300人)や労災事故による死亡者数(平成13年:約1800人)を大幅に上回っています。
 交通事故対策や労災事故対策と少なくとも同程度の医療事故対策が採られるべき状況にあると言うべきです。
 交通事故については報告義務が課せられており(道路交通法72条等)、労災事故についても報告義務が課せられています(労働安全衛生法100条等)。
 なお、労災事故は、医療事故と同じく厚生労働省の所管でありますが、労災事故については厚生労働省は「「労災事故かくし」は犯罪です。」と広報しています(http://www.mhlw.go.jp/general/seido/roudou/rousai/)。より深刻な被害をもたらしていると思われる医療事故について義務的報告制度を設けて医療事故対策に取り組まないとすれば、厚生労働省は使命を放棄しているとのそしりを受けてもやむをえないでしょう。
 なお、自動車事故については、警察庁が事故数等を把握しており、事故統計等を発表しているほか、自動車事故対策センター法により自動車事故対策センターが設けられ、種々の活動を行っていたり、交通事故調査分析センター(道路交通法108条の13)として(財)交通事故総合分析センターが平成4年に設立されて活動を行っています(警察庁・運輸省・建設省の共同管轄)。
 また、労災事故については、厚生労働省は事故数等を把握しており、事故統計等を発表しているほか、安全衛生情報センターを平成12年に設立し、中央労働災害防止協会にその運営を委託しています。そのほか、独立行政法人産業安全研究所などが活動しています。
 これらに比べて、医療事故に対する厚生労働省の取り組みはあまりにも貧弱と言わざるを得ません。
 
2 医療従事者の中には、医療事故について「免責されなければ報告されない」という議論(以下「免責論」)があります。
 しかし、第1に、その場合の免責は中身があいまいなままに論じられていると思われます。民事責任・刑事責任・行政処分・施設内処遇などのいずれが免責の対象とするのが適切なのかについて不明確なままです。そして、特に、民事責任・刑事責任については、本来負うべき法律的責任を負わないことにする正当な理由は見いだしがたいところです。
 第2に、例えば、自動車運転者に対し、交通事故につき報告義務が課せられていることを考慮すると、民事責任・刑事責任を免除されない限り報告しないとすると、国民は、自動車運転者に対してよりも低い倫理性しか医療従事者に対しては期待できないことになります。しかし、これはあまりも医療従事者に対する倫理的期待を低めるものであり、医療従事者の職業的誇りをむしろ損なうものであります。
 
3 義務的な報告制度を設けると憲法38条1項に反することになるという意見(以下「違憲論」)があります。
 しかし、第1に、自らに故意又は過失がある場合と、他の医療従事者に故意又は過失がある場合があり、後者の場合に報告義務を課することは、そもそも憲法38条1項の問題にはなりません。
 第2に、医療事故について外形的事実の報告義務を課することは、交通事故の報告義務に関する最高裁判例(最高裁大法廷昭和37年5月2日判決・昭和35年(あ)636号、刑集16巻5号495頁)からして、合憲とされることが明らかです。
 また、医療事故に関する情報を集約し、分析・検討し、教訓を医療機関に伝達するなどし、それにより医療事故の減少を図るという行政目的に基づき質問・検査を行うことができるとすることは、税務検査等に関する最高裁判例(最高裁大法廷昭和47年11月22日判決・昭和44年(あ)734号、刑集26巻9号554頁)からして合憲とされることが明らかです。
 違憲論は、最高裁大法廷判決を尊重しない立場であり、違憲論に基づいて義務的報告制度を設けないことは、最高裁判例に反する立場を採用することになります。
 
4 任意的報告制度を設けるにとどめるべきであるという意見があります。
 しかし、第1に、報告しても報告しなくてもよいということになると、報告を励行する医療機関は、医療事故が多い医療機関と受け取られることになり、報告しない医療機関に比べて著しく不利になります。これは非常にアンフェアであり、正直者が馬鹿を見る結果になって、著しく不当です。
 第2に、義務的報告制度を設けた場合に比べて、報告される例の数が大幅に少なくなることが明らかであり、医療事故防止対策としては極めて不十分なものとなります。
 任意的報告制度とするのでは、医療行政としては医療事故を減少させる真剣な努力を怠ることになるというそしりを免れないと思います。
 
5 医療事故の防止に寄与する法的手段としては、民事法的手段(主に損害賠償責任)・刑事法的手段(刑事罰)・行政法的手段(資格についての処分など種々の制度)がありますが、民事法的手段は、賠償責任保険(低額の保険料であり、特に、賠償歴によって保険料が上昇しない仕組み)の下で、機能に限界があります。また、行政法的手段は医療事故につき適切な処分が行われていない現在の状況の下では、十分な機能を果たしていません。刑事法的手段は、謙抑性(刑罰は必要やむをえない場合に適用されるべきであるとの考え方)などの観点からは、他の法的手段でまかなえる場合は機能が大きくない方が望ましいと言えますが、民事法的手段や行政法的手段にあまり多くを期待できない状況の下ではやむをえないところです。
 医療事故に対する刑事罰は、現状では、起訴される例が極めて一部の例であるほか、有罪判決の場合でも、多額ではない罰金刑が多く、身体刑についても、執行猶予付き禁固の場合がほとんどであり、国民の中には、なぜ刑事罰が軽いのかという意見が結構あります。
 医療従事者の中には、警察の介入を嫌う意見が多いところですが、民事法的手段や行政法的手段の機能が制約されている状況では、刑事法的手段に多くを期待することになりがちです。医療行政が医療事故防止のために行政法的手段による努力を十分に行わないことになれば、刑事司法に期待するしかないという国民の声が高まることになることが予想されます。医療行政を担当する厚生労働省としては、行政法的手段により医療事故を防止するために最大限の努力を行うべきだと考えます。
 
6 義務的報告制度の対象とする医療事故の範囲についてですが、教訓化し予防していくという目的からは、広い範囲とすべきです。もともと事故という言葉自体が意外な(認容していない)出来事の意味であるほか、医療におけるインフォームド・コンセントや自己決定権の重要さからすれば、「診療の過程で患者に意外な結果が発生した」場合を含むべきだと考えます(藤田康幸「医療事故学(1)」季刊『患者のための医療』第1号参照)。
  なお、過失や因果関係の存在を要件とすべきではありません。第1に、法的な過失があるかどうかと防止可能かどうかは必ず一致するというものではなく、法的な過失がないとされる事故でも将来において防止が可能な事故もあるからです。第2に、過失や因果関係の存在は事故発生直後には明らかでないことがあり、それらを要件とするのでは報告はなかなか行われないことになるからです。
  また、死亡事故のほか、一定の障害が発生した事故も報告の対象とすべきだと考えます。障害については、労働者災害補償保険法施行規則別表第一ないし自動車損害賠償保障法施行令別表の障害等級を参考にすることが考えられます。なお、制度創設の当初においては、とりあえず死亡事故と一定の等級以上の障害が発生した事故を対象とすることも考えられます。
 
7 報告先の機関についてですが、独立的な行政機関が望ましいと思いますが、制度創設の当初においては、既存の行政機関の所掌とすることも考えられます。
 司法制度改革推進計画の中でも重視されているADR(代替的紛争解決)のための機能、さらには、被害救済の機能なども有する第三者機関を設けることが望ましいと考えますが、今直ちにそこまではいかなくても、医療事故に関する情報を集約し、分析・検討して医療機関にフィードバックすることができるようにすべきです。
  そのほか、報告先の機関は、税務調査などの場合と同等の質問・検査などの調査の権限等を有することが必要だと考えます。
 
8 以上の点のほか、具体的な制度設計にあたっては、いろいろな選択肢がありますが、現在の状況と課題からすれば、必ずしも最善の方策でなくても、次善の方策としてでも、とにかく義務的報告制度を設け、分析・検討・教訓化・フィードバックのための方策を講じることが、医療行政を所管する厚生労働省として国民の期待を裏切らない方法だと考えます。現在は、そのような方策を講じるべき客観的状況にあり、その機会を生かさずに放置することになれば、医療事故を減少させないことにつき不作為の責任が発生すると考えます。
以上